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福岡高等裁判所 昭和28年(う)2030号 判決 1953年10月30日

控訴人 原審検察官 松尾一次

被告人 潮見英治こと金双坤 弁護人 牟田真 外二名

検察官 宮井親造

主文

原判決(但被告人川淵、同黒川に対する不法入国幇助の点を除く)を破棄する。

本件を原裁判所に差し戻す。

被告人金双坤の本件控訴を棄却する。

理由

検察官が陳述した控訴の趣意は原審検察官松尾一次作成の同趣意書に記載の通りであり、弁護人牟田真(被告人金双坤の弁護人)が陳述した控訴の趣意及検察官の控訴に対する答弁は弁護人大曲実形提出の同趣意書並答弁書及自己提出の同趣意書並検察官提出の控訴趣意書に対する弁護人の主張と題する書面に記載の通りであるから、何れもこれを引用する。弁護人山本彦助(被告人川渊、黒川の弁護人)は検察官の控訴は理由がないと述べた。

検察官の控訴趣意第一、二点に付いて。

関税法第七十四条第七十六条の密輸入罪の着手時期は日本に密輸入する目的を以て領海外において同条所定の貨物を積載した時と解すべきであるが同法第七十五条の逋脱罪は前者とはその保護法益を異にする関係から貨物の陸揚以前には未だ犯罪実行の着手はないものと解するを相当とする。(但し同条第二項の予備罪の成立は別論)従つて原判決が同条の未遂罪の成立を否定したのは正当であるが、起訴状を見ると被告人金双坤は韓国馬山港において第三成運丸に非鉄金属を積載し、同港を出発し長崎県北松浦郡生月町に輸入の上関税の逋脱を図ろうとしたが機関故障の為下県郡豆酸村浅藻港に寄港したとあつて罪名として関税法第七十五条第二項を掲げている。従つて訴因中には同罪の予備罪が含まれているのは勿論、右起訴状記載の犯罪事実を仔細に検討すると右訴因中には同法第七十六条の罪も重畳的に含まれていると解すべきである。そうだとすれば原審が、これ等の点に付いて考慮を払わず「未だ関税法第七十五条第二項の行為の着手の域に至らないものと認む」との理由を附し、たやすく右訴因に対し無罪の言渡をなし、なお被告人川淵忠敏、同黒川広治が被告人金双坤が本邦に密輸入するの情を知りながら第三成運丸で非鉄金属百五十二梱包を韓国馬山港から浅澡港まで運搬したとの訴因(前記訴因と具体的事実同一)に付いても同一前提同一理論に基き無罪の言渡をしたのは結局法令の解釈を誤り判決に影響を与えたものと云うべく本論旨は理由がある。

同第三点に付いて。

出入国管理令第六十条で所謂乗員の出国に付、一般乗客と別異の取扱をしているのは専ら、国際慣行と出入国管理上の便宜とに基くものであつて、これを外にして乗員に特種の特権を認むべき根拠はない。従つて乗員と雖も出入国港以外の港から出国し、又は犯罪等不法目的の為出国する場合においては右の特権はなく、かかる場合一般乗客と同様旅券の所持、証印等の手続を履まない限り乗員と雖も同法第七十一条の罰則の適用あるのは当然である。被告人川淵、同黒川の両名は元来船員(乗員)ではあるが密輸の目的を以て非出入国港から出国したものであるから一般乗客と同様旅券の所持、証印等の手続を経なかつた点に付、前示法条の罰則に該ること勿論である。従つて右と反対の意見に基き、この点に付、無罪の言渡をした原判決に影響ある法令解釈の誤りありと云うべく、本論旨もまた理由がある。

大曲弁護人提出の趣意書第一点牟田弁護人の同第二点に付いて。

被告人金双坤は旅券又は乗員手帳を所持しないで本邦に入国しようとして本邦に入国したのであるから入国の地点が最初意図した甲地ではなく乙地であつたとしても又入国地点の変更が船舶機械の故障によると否とに拘らず不法入国罪の成立することは勿論である。従つて本論旨は理由がない。

大曲弁護人の同第二点に付いて。

金興守は本邦に密入国しようとして本邦である長崎県下県郡豆酸村浅藻港に上陸したものであるから元来の目的地が本邦内の他の地点であつたか否かに拘らず不法入国罪の成立すること明であり、従つて又これを幇助した被告人金双坤に同幇助罪の成立すること勿論である。従つて本論旨も理由がない。

牟田弁護人の趣意書第一点に付いて。

所論のように仮に金双坤は金興守の不法入国を希望していなかつたとしても、とにかく同人が不法に本邦に入ることを知りながら自己の船舶に乗船せしめ本邦に上陸させた以上不法入国幇助罪の成立すること勿論である。従つて本論旨は理由がない。

右両弁護人の同各第三点に付いて。

本件は前記の理由により原審に差し戻さるべきであるからして量刑不当の主張に対する判断はできない。

以上の理由により刑事訴訟法第三百九十七条に則り、原判決(前同)を破棄し、同法第四百条本文により本件を原裁判所に差し戻す。

被告人金双坤の控訴は同法第三百九十六条に則り、これを棄却する。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 下川久市 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

検察官の控訴趣意

第一点原判決は公訴事実第一の(四)即ち被告人金双坤が昭和二十八年五月十二日第三成運丸に自己所有の非鉄金属百五十二梱包を積載して木下敏男と共に乗船して朝鮮馬山港を出発し長崎県北松浦郡生月町へ輸入し関税の逋脱を図ろうとしたるも途中機関故障の為、同年同月十三日午後五時頃長崎県下県郡豆酸村浅藻港に寄港してその目的を遂げなかつた、という点について単に未だ関税法第七十五条第二項の行為の着手の域に至らざるものと認められるという理由の下に無罪の言渡を為している。

1、右は先づ法令の適用に誤りがあつてその誤りは判決に影響を及ぼすこと明かである。関税法第七十五条逋脱の罪は免許を受けずして課税対象物件を密輸入することを構成要件とするものである(同法第七十六条の無免許輸出入の罪は何れも無課税物件を密輸入したる場合に適用される)。而して本件の、非鉄金属は関税法の課税対象となり得るものであることは関税定率法によつて明かである。本件被告人は右の物件を密輸入する目的を以て第三成運丸を雇入れ昭和二十七年十二月十九日何等の許可を受けずして北松浦郡生月町を出発したものであるからこの時において既に密輸入従つて関税逋脱の予備行為は成立しているといえるし昭和二十八年五月十二日朝鮮馬山港において右物件を同船に積載し密輸入の目的を以て出発して下県郡沿岸に航行し来つたことは既に逋脱の実行に着手したものというべきである。原判示はその理由を詳らかにしていないが目的港に到着して陸揚げの作業を開始しなければ逋脱の着手にはならないという意図であろうことが推測せられるのであるが、関税法違反の行為は一般刑法犯の如く個人対個人又は個人の財産に対する傷害、窃盗等の如く近接せる直接行動を以て遂行されるものではなく、日本の領土と外国の領土に跨る場合が多くその行為形態は時間的にも空間的にも大規模な構成を要するものであるから、その予備着手既遂についてはその必須的な規模に関する実状に照して法的な勘案を下すべきであるがこと茲にいでずして眼前の接着事態のみに囚れて未だ着手の域に到らざるものという解釈を下した違法がある。

2、仮りに百歩を譲つて本件物件を朝鮮馬山港において積載し日本国土に密輸入目的を以て出発したことは逋脱の罪の実行の着手にならないとしても関税法第七十五条第二項又は同法第七十六条第二項の予備に該当することは異論を挿む余地のないところであるから何れかの予備罪を以て処断すべきに不拘漫然無罪の言渡を為したことは審理を尽さずして法の適用を誤つたものと断ずるの外はない。

第二点原判決において、公訴事実第二ノ(三)即ち被告人川淵忠敏、同黒川広治の両名が被告人金双坤の依頼を受け同人が本邦へ密輸入することの情を知りながら第三成運丸にて非鉄金属百五十二梱包を韓国馬山港より浅藻港まで運搬したとの事実も犯罪が成立しないと判定していることも又前記説明の通り主犯金双坤に対し関税法第七十五条第七十六条の犯罪の成立することを顧慮せざるに出でたものであつて右法条並同法第七十六条第一項の解釈を誤りたるものである。

第三点原判決は公訴事実第二の一の、被告人川淵忠敏、同黒川広治が何れも日本人なるところ有効な旅券を所持せずかかる旅券を得て出国の証印を受けることもなくして昭和二十七年十二月十九日午後三時頃本邦外へ赴く意図を以て長崎県北松浦郡生月町一部港より第三成運丸の船員となつて出港して本邦より出国したという事実に対し、被告人両名は出入国管理令第六十条第一項に所謂「乗員」であるから右第六十条第二項第七十一条の適用を受けるものではない旨判示して無罪の言渡をしているのであるが抑々乗員の出国を一般乗客と区別し出入国管理令第六十条第一項によつてこれを除外したのは船員のその職務の特殊性に基きその所持する船員手帳によりその国籍及び身分関係を明かにすればその職務遂行に必要な出入国を自由に容認するという国際慣行上認められた便宜措置に依拠したものである。従つて一般乗客の如く通常入国は許可されずしかも斯る措置は船員としての本来の職務遂行の場合にのみ極限せられることはいうまでもないことであつてこれを特権の如く理解して船員手帳を所持すれば出国については令第六十条に定める手続を要せず全く自由なりと解するが如きは妄断も甚しいものといわなければならない。殊に本件の如く密貿の目的を以て出入国港以外の港より出国するが如きは船員としての被告人本来の職務の遂行とは認めることが出来ず当然管理令第七十一条の密出国の犯罪を構成するものである。然るに原判決は被告人川淵、黒川の両名が単に船員なりとの一事実を捉え輙く令第六十条に除外する乗員に該当するとして無罪の言渡をなしたのは法の解釈適用を誤つたものであるから到底破棄を免れないものと信ずる。

以上何れも判決に影響を及ぼすこと明らかであるから速かに破棄せらるべきものと思料する。

弁護人大曲実形の控訴趣意

第一点原裁判所は原判決理由第一の(三)に被告人が有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで韓国馬山港より第三成運丸に乗つて昭和二十八年五月十三日午後五時頃長崎県下県郡豆酸村浅藻港に到着し以つて不法に本邦に入国したと認定せるもこれは判決に影響を及ぼすこと明白な事実の誤認であると存じます。昭和二十八年五月十五日下県地区警察署において白壁巡査部長の取調に対する被告人の供述調書中(原審記録一五一丁乃至一五二丁参照)(前略)翌日即ち五月十二日の夜八時半頃馬山港より前記三人の日本人船員と私と密航者の金さんと五人乗り込み第三成運丸に積荷スクラツプ約九屯をつんで馬山港を出港して生月港に向つた次第です処が翌十三日夕方対馬南端近くの沖合でエンジンに故障を生じ困まつておつた処対馬の浅藻港より出て来た漁船に助けられ浅藻港に曳いて貰つて海岸に繋留し船の中で一晩明かしたのでありますが翌十四日午後に至り警察の方が見えた訳であります。<以下省略>とあり昭和二十八年五月二十九日厳原区検察庁における検察事務官千田二郎に対する被告人の供述調書中(原審記録一七〇丁参照)(前略)昭和二十八年五月十二日午後八時半頃朝鮮の馬山港を出港しました。途中無事に日本近くまでやつて来ましたところ翌十三日午後四時頃日本の陸地がかすか遠くに見える海上で第三成運丸の機関に故障が出来て機関が止まつて動かなくなりました。そのとき折悪く風波が非常に強くて一、二時間位も船が流されていましたがそうしている中に浅藻の海岸に打ち寄せられました。そのとき船員が碇を入れて岩に船を打当てないようにして救助を求めてやつとその港に入りました私はその翌日の朝その船にいると警官が来て捕えました。<以下省略>とあります。右の証拠によりますれば被告人は長野県北松浦郡生月港に入港する目的を以て韓国馬山港を出港し途中日本陸地がかすか遠くに見える海上即ち公海上と推定される地点で被告人の乗船の機関に故障を生じ漂流して対馬の南端豆酸の海岸に漂着し被告人は船中に止まり居る間警察官に捕えられたものであることは明白であります。故に被告人は不可抗力で日本国に漂着したと観るべきものと存ぜられます。

第二点原裁判所は原判決理由第一の(四)に被告人は本邦に密入国せんとする朝鮮人金興守を第三成運丸に乗船せしめ同人を前記日時浅藻港に於て本邦に不法入国せしめて以つて之が幇助を為したるものと認定せるもこれは判決に影響を及ぼすこと明白な事実の誤認であると存じます。前記白壁巡査部長に対する被告人の供述を録取せられた第一回供述調書中に(原審記録一五一丁参照)(前略)今回密航者の金興守さんをつれて来たのは実は終戦前一度私が朝鮮の郷里に帰つた折馬山居住のこの爺さんと知り合いになつておつた処今回又逢つて話した結果「兵庫県尼崎市に息子がおるので面会に行きたいので連れて行つてくれ」と頼まれたので承諾して私が乗せて連れて来てやつた次第であります密航料等は勿論要求も約束もしておりません。スクラツプを積んだ翌日即ち五月十二日の夜八時半頃馬山港より前記三人の日本人船員と私と密航者の金さんと五人乗り込み第三成運丸に積荷スクラツプ約九屯をつんで馬山港を出港して生月港に向つた次第です<以下省略>とありまして金興守は被告人金双坤及相被告人川渊忠敏並に黒川広治と第三成運丸に乗り込み生月港に到着すべく志したことが明白であります。然るに前項に述べました通り金興守の乗り居りたる第三成運丸は公海と推定される地点で機関に故障を生じ対馬南端に漂着したもので金興守は本邦に不法入国したものでなく本邦に漂着したものと観るべきものでありますから被告人が金興守を本邦に不法入国せしめて以て之が幇助を為したものとさるべき筋合でないと存じます。

弁護人牟田真の控訴趣意

第一、原判決は事実の誤認がありその誤認は判決に影響を及ぼすこと明であると為すものであります。判決理由第一の(四)は事実の誤認であり被告人に不法入国幇助の事実は無い。これは金興守が被告人の意思に反し勝手に乗船したもので、そのことは被告人が公判廷でも陳述せるところである。金興守の第一回供述調書(昭和二十八年五月十五日警察署に於ける)によると金興守が乗船することを金双坤に相談したところ「日本行きは見合せたがよいでしよう。息子さんは帰省するでしよう」と相談を拒絶して居る。而し金興守があまりくどく相談するので表向だけ承諾したかの如き言葉を与えた。金興守は供述している「金双坤さんの打とけない話と兄さんの金兌顕さんの話がおかしいので金双坤は承諾してくれたが私を船に乗せずに行くのでないかと動作で感じたのでこの機会を捨てたら困ると思い」船に乗り込んだ。自分のことは自分が一番よく感じる金双坤が金興守を乗せずに行くことを金興守は看て取つたのである。即ち幇助などする意思は金双坤には無かつたことがわかる金興守の話はつづく「私はすぐお世話になります」と申したところ迷惑と思われたかだまつて居られましたので私も其後は何も申さず黙つて居た金双坤は暗黙に不同意を示しているのである。決して不法入国の幇助はしていない。尤も金双坤の第一回供述調書(昭和二十八年五月十五日警察署に於ける)では「金興守がつれていつてくれと頼んだから承諾して私が乗せて連れて来てやつた」(一五一丁)とあり又其の後段に「密航を便乗させてその密航を手伝い」(一五二丁)とあるがこれは結果から見て訊問の際斯く述ぶるの外ないと思い述べたに過ぎない。事実は前段記載の通りで不法入国幇助はないと見るのが公平の見方である。右の通りであるから原判決は破棄さるべきである。

第二、原判決は法令の適用に誤りがありその誤りが判決に影響を及ぼすことが明かであると思為する。判決理由第一ノ(三)長崎県下県郡豆酸村浅藻港に到着したのを以て不法入国としてあるがこれは法の適用を誤つて居るとしなければならぬ。同港に到着したのは自己の意思によつて到着したのでない到着せんと欲して到着したのでなく船の機関に故障を生じ漂流中五月十三日午後五時頃漂流の信号を為し神力丸に曳船されて同港に入港したので云わば他人の行動にまかせ緊急避難したのであるから法律的に云えば浅藻港入港は不法入国を以て見るべきでないと思います。これは被告人に有利に斯く主張します。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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